パスティエラとは?復活祭を祝うイタリアの伝統菓子をわかりやすく解説

イタリアン料理・前菜

「パスティエラ」というお菓子をご存知でしょうか。日本ではまだあまり馴染みがないかもしれませんが、イタリア、特にナポリ地方では古くから愛され続けている伝統的なタルトです。 主に復活祭(イースター)の時期に食べられるお祝いのお菓子で、その歴史は古く、さまざまな伝説も残されています。

この記事では、そんな奥深い魅力を持つパスティエラについて、その特徴から歴史、文化的背景、そしてご家庭で楽しめるレシピまで、わかりやすく解説していきます。リコッタチーズの優しい甘さと、茹でた小麦の独特な食感、そしてオレンジフラワーウォーターの華やかな香りが織りなすハーモニーは、一度食べたら忘れられない味わいです。この記事を読めば、あなたもきっとパスティエラの世界に魅了されることでしょう。

パスティエラとは?イタリア・ナポリの伝統的なお菓子

パスティエラは、イタリア南部のナポリで生まれた伝統的な焼き菓子です。 正式には「パスティエラ・ナポレターナ」と呼ばれ、その名の通りナポリを代表するお菓子として、地元の人々に深く愛されています。 見た目は素朴なタルトですが、その中にはナポリの歴史や文化、そして人々の思いがぎゅっと詰まっています。もともとは復活祭を祝うためのお菓子でしたが、現在ではその美味しさから年間を通して食べられるようになりました。

復活祭(イースター)を祝う特別なケーキ

パスティエラは、キリストの復活を祝う「復活祭(イタリア語でパスクア)」に欠かせないお菓子です。 復活祭の食卓には、このパスティエラのほかにも、「コロンバ」と呼ばれる鳩の形をした発酵菓子などが並び、春の訪れと生命の再生を家族や親しい人々と共に祝います。

パスティエラの材料である卵は「再生」、小麦は「豊穣」の象徴とされ、お祝いの席にふさわしい意味が込められています。 このように、パスティエラは単なる美味しいお菓子というだけでなく、イタリアの宗教文化や季節の祝い事と深く結びついた、非常に特別な存在なのです。伝統的には、聖木曜日や聖金曜日に準備され、復活祭の当日に食べられます。数日置くことで味が馴染み、より美味しくなるとも言われています。

リコッタチーズと小麦を使った独特の食感

パスティエラの最大の特徴は、フィリング(詰め物)に使われる材料にあります。 主役となるのは、フレッシュで優しい甘みが特徴のリコッタチーズです。 日本でいうチーズケーキのようなものを想像するかもしれませんが、パスティエラがユニークなのは、ここに「茹でた小麦(グラーノ・コット)」を加える点です。

この茹でた小麦が、クリームの滑らかさの中に、もちもち、ぷちぷちとした独特の食感のアクセントを生み出します。 この食感のハーモニーこそが、パスティエラの大きな魅力の一つです。初めて食べる人は、その不思議な食感に驚くかもしれませんが、次第にその心地よさにやみつきになる人も少なくありません。 リコッタチーズのクリーミーさと小麦の素朴な味わいが絶妙にマッチし、他のお菓子にはない満足感を与えてくれます。

オレンジフラワーウォーターの爽やかな香り

パスティエラのもう一つの重要な特徴が、その独特な香りです。 この香りの正体は、「オレンジフラワーウォーター(アックア・ディ・フィオール・ダランチョ)」と呼ばれる、オレンジの花から抽出される香料です。 柑橘系の爽やかさの中に、どこかエキゾチックで華やかな甘い香りが広がり、パスティエラ全体の風味をぐっと格調高く引き立てています。

日本人にはあまり馴染みのない香りかもしれませんが、南イタリアのお菓子作りには欠かせない存在です。 この香りを嗅ぐと、ナポリの明るい太陽や活気ある街並みが目に浮かぶ、というイタリア人もいるほどです。ただし、この香りは好みが分かれることもあり、家庭によっては量を調整したり、代わりにレモンの皮などを使って爽やかな香りをつけたりすることもあります。

パスティエラの歴史と文化的背景

パスティエラの起源は非常に古く、その歴史には様々な説や伝説が織り交ぜられています。古代ローマ時代にさかのぼる説から、修道院で生まれたという話まで、その背景を知ることで、このお菓子の持つ文化的な深みをより一層感じることができます。

古代ローマ時代に起源を持つ説

パスティエラの原型は、キリスト教が広まる以前の古代ローマ時代にまでさかのぼると言われています。 春の訪れを祝い、豊穣の女神ケレースに捧げ物をする язычники(異教徒)の祭りで、再生の象徴である卵や、豊かさの象徴であるスペルト小麦(古代小麦の一種)とリコッタチーズを混ぜたパンが供えられていました。 これがパスティエラのルーツではないかという説です。

春を祝い、自然の恵みに感謝するという古代からの習慣が、時代を経てキリスト教の復活祭の習慣と結びつき、現在のパスティエラの形になったと考えると、非常に興味深いものがあります。このお菓子が持つ、素朴ながらも生命力にあふれた味わいは、こうした古代からの人々の祈りや願いを受け継いでいるのかもしれません。

修道院で生まれたとされる伝説

より具体的で広く知られている起源は、中世の修道院にまつわるものです。16世紀頃、ナポリのサン・グレゴリオ・アルメーノ修道院の修道女たちが、パスティエラを完成させたと伝えられています。 彼女たちは、修道院の庭で採れたオレンジの花の香りを活かし、卵、リコッタチーズ、小麦といった材料を組み合わせて、この素晴らしいお菓子を作り上げました。

当時、このパスティエラは地元の貴族たちへの贈り物としても大変喜ばれたそうです。 また、別の有名な伝説として、ギリシャ神話に登場する人魚セイレーンが関係するものもあります。 美しいナポリ湾に住み着いたセイレーンが、その美しい歌声のお礼として人々から捧げられた7つの贈り物(小麦粉、リコッタ、卵、茹で小麦、オレンジフラワーウォーター、スパイス、砂糖)を神々に献上したところ、神々がそれらを混ぜ合わせ、セイレーンの歌声に劣らないほど甘美なパスティエラを創り出した、というロマンチックな物語です。

ナポリの家庭に伝わる「母の味」

パスティエラは、ナポリの家庭にとって「マンマの味」、つまりお母さんの味を象徴するお菓子でもあります。復活祭が近づくと、多くの家庭で代々受け継がれてきたレシピを使ってパスティエラが作られます。 そのレシピは家庭ごとに少しずつ異なり、リコッタチーズの種類にこだわったり、スパイスの配合を変えたり、あるいはオレンジピールやレモンピールを加えたりと、それぞれの家に独自の味があります。

祖母から母へ、そして母から娘へと受け継がれていくこのお菓子は、単なる食べ物を超えて、家族の歴史や愛情を繋ぐ大切な役割を担っています。 イタリアでは、お菓子作りが得意な12歳の少女が、おばあちゃんから教わったレシピでパスティエラを作る様子が紹介されたこともあるほど、家庭に根付いた文化なのです。

パスティエラの主な材料とそれぞれの役割

パスティエラの独特な味わいは、選び抜かれた材料の組み合わせによって生まれます。ここでは、このお菓子を構成する主な材料と、それぞれがどのような役割を果たしているのかを詳しく見ていきましょう。

主役となる「リコッタチーズ」

パスティエラのフィリングのベースとなるのが、リコッタチーズです。 「リ(再び)コッタ(煮た)」という名前の通り、チーズを作る過程で出たホエー(乳清)を再加熱して作られるフレッシュチーズで、脂肪分が少なく、さっぱりとしていてほのかな甘みがあるのが特徴です。

パスティエラでは、このリコッタチーズをたっぷりと使うことで、フィリングにクリーミーで優しいコクと滑らかな口当たりを与えます。 レシピによっては、より濃厚な味わいを出すために羊乳製のリコッタと牛乳製のリコッタを混ぜて使うこともあります。 このリコッタチーズの品質が、パスティエラ全体の風味を大きく左右するため、ナポリの家庭ではお気に入りの店で新鮮なリコッタを手に入れることからお菓子作りが始まります。

食感の決め手「茹でた小麦」

パスティエラを他のチーズタルトと一線を画す存在にしているのが、「グラーノ・コット」と呼ばれる茹でた小麦粒です。 この小麦は、牛乳やバター、レモンの皮などと一緒に柔らかく煮てからフィリングに加えられます。 これにより、クリーミーなフィリングの中に、もちもち、ぷちぷちとした独特の食感が生まれるのです。 この食感のアクセントが、単調になりがちなクリーム系のタルトに奥行きと満足感を与えてくれます。イタリアでは、パスティエラ用に調理された小麦の瓶詰や缶詰が市販されていますが、乾燥小麦から時間をかけて煮込む家庭もあります。 豊穣の象徴とされる小麦を使うことは、復活祭のお祝いにふさわしい意味合いも持っています。

香りのアクセント「オレンジフラワーウォーター」とスパイス

パスティエラのもう一つの顔ともいえるのが、その個性的な香りです。この香りの中心となっているのが「オレンジフラワーウォーター」。 オレンジの花を蒸留して作られるこの香料は、非常に華やかで、どこかエキゾチックな甘い香りを放ちます。

この香りが加わることで、パスティエラは一気に南イタリアらしい、明るく官能的な雰囲気のお菓子になります。 さらに、シナモンやバニラといったスパイスも加えられ、香りにさらなる深みと複雑さを与えます。 これらのスパイスは、リコッタチーズの優しい甘みや小麦の素朴な風味とも見事に調和し、全体の味を引き締める重要な役割を担っています。ただし、オレンジフラワーウォーターの香りは強いため、入れすぎないように注意が必要です。

土台となる「パスタ・フロッラ」

これらの個性豊かなフィリングをしっかりと受け止めるのが、「パスタ・フロッラ」と呼ばれるタルト生地です。 パスタ・フロッラはイタリアのタルト生地の基本で、小麦粉、バター、砂糖、卵などを混ぜて作られます。サクサク、ほろほろとしたもろい食感が特徴で、バターの豊かな風味が口の中に広がります。パスティエラでは、この生地を型に敷き詰めて器にし、フィリングを流し込みます。

さらに、残った生地を紐状に伸ばし、フィリングの上に格子状に飾り付けるのが伝統的なスタイルです。 この格子模様は、見た目の美しさだけでなく、フィリングが膨らみすぎるのを防ぐ役割も果たしていると言われています。リッチなフィリングと香ばしいパスタ・フロッラの組み合わせが、パスティエラの完成された美味しさを生み出しているのです。

日本でパスティエラを味わうには?

ここまで読んで、パスティエラを食べてみたくなった方も多いのではないでしょうか。日本ではまだポピュラーなお菓子ではありませんが、探してみると思いがけない場所で出会えることもあります。ここでは、日本でパスティエラを味わうための方法をいくつかご紹介します。

パスティエラが食べられるイタリアンレストラン

本格的なパスティエラを味わうなら、ナポリ料理に力を入れているイタリアンレストランを探すのが一番の近道です。特に、シェフがナポリ出身であったり、南イタリアでの修業経験があったりするお店では、メニューに載っている可能性が高まります。

復活祭の時期(3月下旬から4月頃)になると、季節限定のデザートとして提供するお店も増えるかもしれません。 事前にレストランのウェブサイトやSNSをチェックしたり、電話で問い合わせてみたりするのが確実です。運が良ければ、本場のレシピに忠実に作られた、出来立ての美味しいパスティエラに出会えるでしょう。

通販・お取り寄せできる専門店

最近では、イタリア菓子を専門に扱うお店がオンラインショップを展開しているケースも増えてきました。こうした専門店では、パスティエラを通年、あるいは季節限定で販売していることがあります。冷凍で配送され、自宅で解凍して食べるタイプが主流ですが、お店によっては焼き立てを発送してくれるところもあるかもしれません。

「パスティエラ 通販」や「ナポリ 菓子 お取り寄せ」といったキーワードで検索してみると、素敵なお店が見つかる可能性があります。自宅で手軽に本場の味を楽しめるのは大きな魅力です。ただし、ジュエリーブランドの「PAS TIERRA(パティエラ)」と名前が似ているため、検索の際には注意が必要です。

イタリア食材店で材料を探す

もしお菓子作りに自信があるなら、自分で作ってみるのも一つの楽しみ方です。パスティエラ作りに挑戦する場合、最大の難関は材料集めかもしれません。特に「茹でた小麦(グラーノ・コット)」や「オレンジフラワーウォーター」は、一般的なスーパーでは手に入りにくいでしょう。 こうした特殊な材料は、輸入食材を豊富に扱っている専門店や、デパートのイタリア食材コーナー、あるいはオンラインの食材店で探すのがおすすめです。

「グラーノコット」や「オレンジフラワーウォーター」で検索すると、見つけやすいはずです。リコッタチーズは、比較的多くのスーパーやチーズ専門店で手に入ります。材料を一つひとつ揃える過程も、パスティエラ作りの楽しみの一部と言えるでしょう。

自宅で挑戦!パスティエラの基本レシピ

ここでは、ご家庭でも挑戦しやすいパスティエラの基本的なレシピをご紹介します。少し手間はかかりますが、焼き上がった時の感動は格別です。ぜひ、ナポリのマンマになった気分で挑戦してみてください。

準備するもの(材料と器具)

まずは材料と器具を揃えましょう。ここでは直径約22cmのタルト型1台分を想定しています。
・材料
【パスタ・フロッラ(タルト生地)】
・薄力粉:250g
・無塩バター:125g(冷たいまま1cm角に切る)
・グラニュー糖:100g
・卵黄:2個分
・冷水:大さじ1
・塩:ひとつまみ

【フィリング(詰め物)】
・茹で小麦(グラーノ・コット):300g
・牛乳:200ml
・無塩バター:30g
・リコッタチーズ:400g(水気をよく切っておく)
・グラニュー糖:250g
・卵:3個
・卵黄:1個分
・オレンジフラワーウォーター:大さじ2
・オレンジの皮のすりおろし:1個分
・レモンの皮のすりおろし:1/2個分
・シナモンパウダー:少々
・(お好みで)オレンジピールなどの砂糖漬け:50g

・器具
・直径22cmのタルト型
・フードプロセッサー(またはボウルとスケッパー)
・鍋
・ボウル(大小複数)
・泡立て器
・ゴムベラ
・めん棒

パスタ・フロッラ(タルト生地)の作り方

最初にタルト生地を作ります。フードプロセッサーを使うと簡単ですが、手作業でも作れます。
1. フードプロセッサーに薄力粉、グラニュー糖、塩、冷たいバターを入れ、バターが細かくなり、全体がサラサラのパン粉状になるまで攪拌します。
2. 卵黄と冷水を加え、生地がひとまとまりになるまで再度攪拌します。練りすぎないように注意しましょう。
3. 生地を取り出し、手で軽くまとめてラップに包み、冷蔵庫で最低1時間休ませます。
手作業の場合は、ボウルに粉類とバターを入れ、スケッパーや指先でバターを潰しながら粉と混ぜ合わせ、パン粉状になったら卵黄と冷水を加えてまとめます。この時も、手の熱でバターが溶けないように素早く作業するのがポイントです。

フィリング(詰め物)の作り方

生地を休ませている間に、フィリングの準備を進めます。
1. まず、小麦のクリームを作ります。鍋に茹で小麦、牛乳、バター、レモンの皮のすりおろしを入れて中火にかけます。
2. 焦げ付かないように時々かき混ぜながら、水分がなくなってとろりとしたクリーム状になるまで15〜20分ほど煮詰めます。火から下ろし、粗熱を取っておきましょう。
3. 次にリコッタクリームを作ります。ボウルに水気を切ったリコッタチーズとグラニュー糖を入れ、泡立て器で滑らかになるまでよく混ぜ合わせます。
4. 卵と卵黄を一つずつ加え、その都度よく混ぜ合わせます。
5. 粗熱が取れた小麦のクリーム、オレンジフラワーウォーター、オレンジの皮のすりおろし、シナモンパウダーを加えて、ゴムベラで全体を均一に混ぜ合わせます。お好みで刻んだオレンジピールなどを加えても美味しいです。これでフィリングの完成です。

組み立てから焼き上げまでの手順

いよいよ最後の工程、組み立てと焼き上げです。
1. オーブンを180℃に予熱しておきます。タルト型にはバター(分量外)を塗り、強力粉(分量外)をはたいておきます。
2. 冷蔵庫で休ませた生地の2/3を取り、打ち粉をした台の上で、タルト型より一回り大きい円形にめん棒で伸ばします。
3. 生地を型にぴったりと敷き込み、余分な生地はナイフで切り落とします。フォークで底に数カ所穴を開け(ピケ)、フィリングが膨らみすぎるのを防ぎます。
4. 用意しておいたフィリングを型に流し入れ、表面を平らにならします。
5. 残りの1/3の生地をめん棒で伸ばし、幅1.5cmほどの帯状にカットします。この帯をフィリングの上に格子状に並べていきます。伝統的には7本の帯を使うとされています。
6. 180℃のオーブンで約60分、または表面にこんがりと美しい焼き色がつくまで焼きます。途中、表面が焦げ付きそうな場合はアルミホイルをかぶせてください。
7. 焼きあがったら、型に入れたまま完全に冷まします。粗熱が取れたら、お好みで粉砂糖を振って完成です。パスティエラは、焼いた翌日以降の方が味が馴染んで美味しくなると言われています。

まとめ:パスティエラの魅力を再発見

今回は、イタリア・ナポリの伝統菓子「パスティエラ」について、その魅力や背景を深く掘り下げてきました。復活祭を祝う特別なケーキとして生まれ、リコッタチーズの優しい甘み、茹で小麦のユニークな食感、そしてオレンジフラワーウォーターの華やかな香りが特徴的なお菓子です。

その起源は古代ローマや中世の修道院にまでさかのぼり、数々の伝説に彩られています。 ナポリの家庭では「母の味」として親しまれ、代々レシピが受け継がれている、まさに文化そのものと言える存在です。 日本ではまだ珍しいお菓子ですが、専門店やレストランで味わったり、材料を揃えて手作りに挑戦したりすることも可能です。この記事が、あなたにとってパスティエラという素晴らしいお菓子との出会いのきっかけとなれば幸いです。

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